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龍 應台著「台湾海峡1949」その5

襟を正して本に向かう。

体力気力が整っていないと読めない本だから。

その悲しさに 美しさが漂う不思議な著作。

人の運命と経験の不思議に別世界に誘われる。

章の中の数字が、 目に入ってくる。

それだけ細く読めるということなのだろうか。

著者は台湾に到着した国民軍を深い理解と愛情をもって筆を進めている。

その心根が自然と私にも写ってくる。

乞食の群れの軍隊ではなく 中国大陸で立派に戦ってきた弱者の捉え方である。

ロン女史の心が、これから台湾をみつめて生きる私にとって、

大きな指針になっていることを感じて著しく感銘を受けた。

6章の50、51は、台湾の少年兵の出身地や兵隊生活が語られる。

日本が去った後の台湾で17歳で国民軍の兵士になり中国に渡る。

戦いの中で今度は捕虜で解放軍の兵士になった同じ村の少年兵たち。

2人が80歳の時、著者を交えた対談がすごい。

それは音楽のよう。心の歌。

自分の人生を泣きながら受け入れて歩んで来られた人々の忘れられないお話の内容。

著者の人徳で余裕のある朗らかな三重奏の曲にすら思えてしまう。

52では張拓蕪が加わり、彼の目を見張る体験がロン女史の霊筆によって綴られる。

びっくりしたのは中国語では「蕪」という字は「荒れ果てる」の意味だということだ。

1946年の冬、張拓蕪の部隊は江蘇省北部の塩城(えんじょう)に向けて行軍した。

こういう立派な本の内容は、私のようなものにはこれ以上を伝えられない。

よろしければ図書館で借りるか購入なさってご覧いただきたい。

最後に彼がこの詩を読むと塩城のこと思い出すそうだ。

お金がないために塩が買えないからひどい病気になる。

農村の悲しい生活も詳しく説明されている。

   塩

 ばあさんはどだいドストエフスキーに会ったことがない。

 春、 ばあさんはただ一言叫んだだけ。

 塩、塩、塩を一つまみおくれ!

 天使達は楡の木のてっぺんで歌をうたっていた。

 その年エンドウ豆はほとんど花をつけなかった。

 塩務大臣の駱駝隊が七百里離れた海辺を進んでいた。

 ばあさんの見えない瞳には一筋の海藻もなかった。

 ばあさんはただ一言叫んだだけ。

 塩、塩、塩を一つまみおくれ!

 天使達ははしゃいで彼女に雪を降らせた。

 1991年党員たちは武昌に到達した。

 でもばあさんは楡の木に纏足の紐をかけて首を吊り、

 野良犬の呼吸のなかに、禿鷹の翼のなかにもぐりこんだ。

 しかもたくさんの音が風の中で死を悼んだ。

 塩、塩、塩を一つまみおくれ!

 その年エンドウ豆はほとんどみな白い花をつけた。

 ドストエフスキーはどだいばあさんに会ったことがない。

     (『深淵 弦詩集』松浦恆雄訳、思潮社

 

なぜここにドストエフスキーが出てくるのでしょう ?

ドストエフスキーが頼りにされているのかな ?